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仮想通貨と現実通貨

 先日本園の恒例となっている「お店屋さんごっこ」が行われました。年少々児クラスの「おすしやさん」年少児クラスの「マクドナルド」年中児クラスの「うどん屋さん」「さかなつりゲームや」などが出店していました。年長児クラスの出店は異色で「おはなしげきじょう」「ばいてん」となっており、内容が「山坂達者城山登山」をテーマにペープサート劇を演じ、売店には「山坂達者飯」「かるかん」が売られていました。今年は明治維新から150年、郷中教育の精神を受け継ぐ本園は伝統行事を大切にして特徴ある保育を展開してきています。子どもたちが、これまでの幼稚園で活動した経験を生かしてさらに遊びを発展して創造的な遊びとなっていたことに驚き、年長児たちの成長を見ることができました。

ところで買物で年下の子どもたちが一番苦労しことはお金のやり取りで、いくら払っておつりをいくらもらうかでした。よく見ていると500円の模擬紙幣で200円の買い物をし、300円のおつりをもらうとき、100円が3枚だよねと年長児が渡す光景が見られました。年少児には300円のおつりという認識は難しいかもしれませんが、100円が3枚という表現は分かり易かったのではないかと思います。

今、仮想通貨が大きな話題になっています。現実のお金を介して買い物をする時代が終わりそうな気配です。もうすでにカード決済が日常化していますが、今後スマホを使ったあらゆる決済ができる社会が見え始めています。つまりキャッシュレス化が一段と進んでいくような勢いです。隣の中国では春節(中国の旧正月)にお年玉をスマホで贈っているというニュースも伝わっています。スピード、効率の面では大変利便性があると思いますが、子どもたちの金銭教育の観点からすると問題を孕んでくるのではないかと危惧しています。金銭感覚は現実通貨から生まれると思っているからです。

本園で取り組んでいる「お店屋さんごっこの」買物は模擬通貨ではありますが眼に見える形で売買が成立します。このような経験を基にして正しい金銭感覚を養うことが幼児教育・学校教育の役目ではないかと考えています。

2018.02.19
「西郷どん」と「どん広場」

      「西郷どん」と「どん広場

 

大河ドラマ「西郷どん」のテレビ放映が始まりました。関連のドラマ館が旧市立病院跡地(加治屋町)にオープンしました。維新ふるさと館もリニューアルオープンしました。いま鹿児島は明治維新150年関係の様々な催しが行われ幕末から明治初期にかけて日本という国家の礎を築くのに多大な貢献を果たした薩摩の偉業を再び蘇らせ、これからの日本人の在り方を考える機会としているように思えてなりません。

現在の世相を見渡すと経済的な繁栄に裏付けられて生活の水準は世界でもトップクラスに該当するようになってきていると思います。しかし精神面ではいささか問題点が見え始めていると思います。繁栄はしているものの精神面では心配なところが見え隠れしているようでなりません。グローバル化の進展とともに価値観が変貌し、利か不利かが判断の大きな基準となり企業や組織の社会的理念が薄れてきているように感じます。一流企業の不正隠し利害が優先する政治などかつての品格のあったモラルが低下していると思います。このような世相が国民の目にどのように映っているのだろうかという思慮深さが感じられないのが残念でなりません。

明治維新期の鹿児島には近代国家建設という気高き理想があり、それは身分と問わず共有されていたと言えると思います。国のためという大義に立ち向かうエネルギーは充満していたと思います。そこには西郷、大久保ら明治維新期に活躍した偉人たちに共通したものは志の高さだったと思っています。西郷の「敬天愛人」大久保の「為政清明」を再確認し、現代社会に生きる私たちの道標としたいものです。

ところで「西郷どん」の「どん」は軽い感じがしますが、親しみを込めた尊称で、鹿児島では「婿(むこ)どん」「親父(おやっ)どん」というように使用されます。もう一つの「どん」は時報のことです。城山に「どん広場」があります。城山展望所から上に登ったところにあり、以前は集成幼稚園の城山登山の終着点としてここまで登っていました。明治30年代以降正午の時報代わりに大砲の空砲を鳴らしていたところで発射音から「ドン広場」とよばれるようになったそうです。この広場は西南戦争時の「薩軍本営」が置かれたところでもあります。

2018.01.22
新年明けましておめでとうございます

        転換期に子どもたちの幸せを願って

 

平成30年が明けました。明けましておめでとうございます。

今年は明治維新から150年目、集成幼稚園が創立105年目となり歴史的な意義を改めて感じさせる年となりそうです。

幼児教育の充実が政策として上位にランクアップされ、幼児期の教育への期待、幼児教育の無償化の流れが一層進みそうです。長年の課題であった幼児期の教育の重要性がやっと国家レベルの課題として認識され始めたことは大変大きな意義があると思っています。 

そのような中、本年4月から新しい幼稚園教育要領がスタートします。幼稚園教育の基本方針、内容、方法等を明らかにしたものです。これまでと大きくは変わりませんが、特徴の一つとして小学校との連携が一層強化されていきます。

そこでこのような転換期に本園の幼児教育をどのように進めていくか。次のような点を改めて確認して新年をスタートしたいと考えています。

1 遊びを中心とした保育を一層推進する。

  幼児は遊びを通して様々な体験をします。その体験の中で創

 造性を育み、人間関係を築いていきます。遊びの種類は運動、

 制作、ゲーム、演奏、劇、ごっこ遊びなど多様であり、その遊

 びの過程の中で子どもの育ちを促してまいります。

2 自立をめざした保育を一層推進する。

  幼児は本来大人に依存した生活を送り、成長と共に依存傾向

 から自立した生活へ移行していきます。では幼児は全く依存し

 た存在かと言えばそうではありません。2歳児は「自分で」と

 大人に訴えます。幼稚園では幼児のこの時期の特徴を大事にし

 たいと考えます。

 年齢相応の自立のレベルを明らかにし、幼児期の終わりまで

に育って欲しい姿の実現をめざしたいと考えます。

3 異年齢の交流を通して自尊感情(自己肯定感)を育み、園訓

 「やさしく・かしこく・たくましい」子の育成を一層推進す

 る。本園で伝統的にこれまで引き継がれてきた交流教育の原点

 は「薩摩の郷中教育」と無関係ではないと考えています。その

 精神はこの園訓に表れていると考えます。「やさしく」は弱者

 への労わり、弱いものを「いじめるな」の教えであり、「かし

 こく」は「よく学びよく遊べ」教えであり、「たくましく」は

 「自分に負けるな」の教えとして集約できるのではないかと考

 えています。

 以上の3点を進めるに当たって保護者の皆様には今年もご理解とご協力をお願い申し上げます。幼稚園教育の充実は家庭教育も大変大きく関係していて、双方の価値観が一致することが重要となります。子どもたちの幸せ実現のために本年も職員一同努力をしてまいります。よろしくお願いします。

2018.01.04
発表会終わる
 週明け、また寒波がやってきています。インフルエンザの流行期に入り感染予防に努めているところです。
 先週の2日(土)は本園67回目の発表会が行われ、たくさんの保護者や祖父母の参観者があり大賑わいでした。子どもたちは約1月の練習でゆうぎや合奏、オペレッタに劇、俳句や百人一首の発表、英語遊びの紹介など実にたくさんの出場種目をこなし、見事な発表を見せてくれました。
 この子どもたちの様子を身近で見ていますと、その成長ぶりに驚かされる毎日でした。ステージに上がり並ぶことさえ難しかった年少々児もだんだんと曲に合わせて踊れるようになり、客席に笑顔を見せる余裕すら感じさせるほどに変容していました。年長児の桃太郎劇ではセリフと動作は連動し、役柄への感情移入も見事に客席に伝わっていました。
 このように幼児たちは教師の適切な指導と援助で、できなかったことができる体験をしました。このことは子どもの心の中に「自分はできるよ」という自尊感情を育んていると思います。このような体験の積み重ねが経験則として自身の心の中に蓄えられ自己肯定感に満ちた子どもへと成長していってくれるのではないかと期待を膨らませる大変素晴らしい発表会だったと思います。
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2017.12.05
山坂達者「城山登山」

 11月24日(金)は城山登山の日です。3歳以上の子どもたちが自然遊歩道の入口から山頂までの往復を年長児が年少児をサポートしながら歩きます。集成幼稚園で昔から行われてきた伝統行事で、薩摩の郷中教育と関連があります。若干以下に説明をします。

、城山について

  中心市街地を見渡せる標高108メートルの山で、東側前方に雄大な桜島を一望できる。明治10年の西南戦争最後の激戦地で西郷洞窟、西郷隆盛終焉の地としても有名な所である。集成幼稚園は古くから山坂達者運動として伝統的に園児たちがこの登山に挑戦し、心身を鍛えてきている。

、山坂達者とはなにか。

  薩摩独特の教育システムであった郷中教育の中で年齢の異なる集団で先輩が後輩の心身を鍛えるために講義、武芸などと並んで野山を駆け巡って体を鍛える運動を「山坂達者」と呼んでいた。

3、  山坂達者「城山登山」の由来について

  山坂達者運動は昔から学校教育にも取り入れられ、子どもたちの体力向上に貢献してきている。薩摩では古くから新納忠元が制定した「二才咄格式定目」中に「山坂の達者を心懸けること」という掟があり、武士の心得として同じ郷中(方限)の異年齢集団で野山を駆け巡り鍛錬する気風があった。(郷中教育の一環)

  この伝統の精神は連綿として今日まで集成幼稚園に引継がれ、心身共に逞しい子どもを育むために妙円寺詣りと同じく城山登山も代々重要な体験の機会としてつないできている。

4、  薩摩の郷中教育

今でいう小学生、中学生、高校生から大人、妻帯した大人の異年齢で構成され、年長者が年少者を厳しく、優しく教え導く集団教育である。講義(勉学)、武芸(鍛錬)などを郷中単位、方限(加治屋町)ごとに組織され互いに切磋琢磨しあった。西郷隆盛や大久保利通を始めとする明治維新に貢献した多くの薩摩の人材もこの教育システムの中で体力・気力・知力を養い、激動期の日本の礎を築いていった。

現在の集成幼稚園では3歳児から5歳児の異年齢の交流保育を意図的に進め、年齢の異なる集団での遊び、行動を通して弱者へのやさしさ、自立した賢さ、困難にめげない心身の逞しさを育てている。

2017.11.17
台風とカンタン

 秋の虫たちは台風の接近が分かるのか。

台風18号が916日(土)から17日(日)にかけて鹿児島市を通過していきました。大型で強い台風と聞き、大災害が発生しないか気がかりではありましたが、意外と風も雨も思ったほどに影響が少なくほっとしたところです。

 台風接近の夜に異変を感じました。9月に入り我が家の庭先では毎夜盛んにカンタンの(コオロギの仲間)鳴き声が聞かれよようになりました。涼しさと共に一段とその響きが大きくなり、しみじみと秋を感じていました。ところがその夜はカンタンの鳴き声がぱったりと止み、シーンと静まりかえっています。まだ台風の影響はなく雨も風もほとんどなく、いつもの夜と変化が見られないのにどうしたのか。台風が去った19日(月)の夜はまた以前のように数10匹のカンタンが合唱を始めました。

 きっと虫たちは事前に異変を感知し、安全な場所に避難をしていたのではないかと思っています。人間社会は連日TVやラジオで避難準備情報や避難所開設のニュースが飛びかっていました。情報の質と量では人間が勝るが、危険を予知する感性は自然界の昆虫に負けているような気がしています。

 台風一過の青空を見つけました。私の住む団地の西方の空に夏の入道雲を思い出させるような白くムクムクした懐かしい秋空が輝いていました。そういえは今年の夏は雨や曇りが多く、夏らしい空を拝めていなかったなあ。

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2017.09.19
学校評価委員会開催
 8月28日(月)に平成29年度学校評価委委員会を開催しました。今年で5回目となり年々充実してきていると思っています。この評価の目的は本幼稚園の保育環境や保育内容等の現状を審議して改善の方策等を提言していただき、集成幼稚園の一層の進歩を期待して取組んでいます。
 評価委員は加治屋町町内会の前会長宇治野一則様、現会長の西村光行様、人権擁護委員の田中絹代様、山下小学校長の緒方玲子様、集成幼稚園父母の会長戸内亜衣様、本園を卒園された高木絵里様の6名でした。
 評価項目は本園職員による「自己評価」結果と防犯対策に関する保護者アンケート結果で、それぞれ大変貴重なご意見や提言をいただきました。
 詳しい報告は後日このホームページでいたしますのでもうしばらくお待ちいただきたいと思います。
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2017.09.01
偉人祭と加治屋町
 毎年8月の第3土曜日には加治屋町主催の偉人祭が開催され、わが集成幼稚園の園児たちも参加しています。今年は19日で法被姿で2基の神輿を交代で担いで町内を一周します。今回はお父さん神輿も出場する予定です。
 なぜ加治屋町で偉人祭が行われるのか。偉人とは誰か。今から149年前の1868年は明治維新に当たり、その原動力は西郷や大久保に代表される薩摩の武士集団でした。ここ加治屋町に誕生した彼らが維新を成し遂げ近代国家の礎を築き、今日の日本を形作ったと言えるでしょう。
 司馬遼太郎が「明治維新から日露戦争までを、一町でやったもの」と感嘆させたことは有名ですが、私たちはこのことを誇りに思い偉人祭を大切にしたいと思っています。
 夏休みに幼稚園の先生たちが加治屋町の歴史探訪会を行いました。偉人たちの誕生地を巡り、子どもたちと共に歴史的に重要な偉人祭を継承していく誓いを立てたところです。
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2017.07.31
幼児とスマホ時代

乳幼児期からメディア利用習慣の育成を考える

                                                          

先日713日に行われた「第21回青少年のインターネット利用環境づくりフォーラムinかごしま」に参加してきました。この会議の趣旨は次のとおりです。「近年スマートフォンなど多様なインターネット接続端末の普及により、生活の利便性は高まり、様々な情報を簡単に取得することができるようになった。半面負の要因とし青少年が犯罪や各種のトラブルに巻き込まれる事例が増加傾向にあり、予断を許されない事態ともなっている。」

このような危機感は乳幼児を持つ保護者の皆さんに共有されているのでしょうか。中・高校生に多く起こっている問題だからまだ早い、その時になってから考えても遅くはない。と今思っているようならやがて後悔されるのではないかと考えています。その理由は①思春期には子どもの制御は難しくなる。②すでに乳幼児の利用で問題が指摘され始めている。③親が正しい利用モデルになっているか。この3点に集約できると思います。①は自明のことと思います。思春期の感情は複雑です。②はスマホ子育てが問題となりつつあります。③は親自身の問題で、子のモデルにならない行為でトラブルが発生しています。

このような問題以上にやっかいなことは「依存症」で、人の脳を異常に興風させるようになり、ここから抜け出すのが非常に困難になると脳科学の研究報告がなされていることです。園児たちが将来に渡って心身とも健全に少年期を過ごし、社会人として逞しく成長して欲しいと願っています。このような意味で昨年の保護者講演会では「賢い子育てのためのデジタルマナ―としつけ」と題して鹿児島純心女子大学の洞田先生にお話をしていただきました。その時の実態調査で本園幼児園児の所有は0%でしたが、小学校低学年から持たせたいと回答した割合は26.1%になっていました。ということは幼児期から親子で話合い、ルールを作っていく段階にきていることになります。

ところで、スマホ時代の賢い親となるためにいくつか事例を挙げて考えていただきたいと思っています。最近起きている事例です。

その1 他人の子どもの写真を撮ってline投稿し、その子の親

    から抗議された。

その2 PTA会員であるメンバーの寝顔を撮影し、他の会員に

    メールで配信し、相手から削除の抗議があった。

そん3 同じline仲間とのメールのやり取りで、夜遅くまで拘

    束されて迷惑している。仲間から抜けるとどうなるか

    心配だ。

 プライバシーと人権保護の問題であり、親の問題でもあると思

 います。

2017.07.20
集成幼稚園と加治屋町

 加治屋町にどんなイメージをお持ちでしょうか。最近ではマンションの建設が目覚ましい所である。交通の利便性の高く住むのに益々便利になってきているように感じます。

では、藩政時代はどうだったか。この辺りは下級武士集団の住むところで、中心地(城山)から外れたところでした。ところがこの地は歴史上重要な働きをした人物が数多く誕生した場所であることをご存知でしょうか。

歴史小説作家司馬遼太郎いわく、「いわば、明治維新から日露戦争までを、一町でやったものである」と感嘆させたことでも有名であります。近世社会から近代社会の扉をこじ開け独立国家の礎を築くには革命的で使命感に燃えた人物の登場を必要とします。そのような人物が加治屋町から同時期に数多く輩出しています。まるで歴史がこれらの人物を必要としたのではないかと思えるほど為政清明、私心なき人材をこの世に送り出しています。

その人材育成の基盤となる独特の教育システムが薩摩にはありました。郷中教育と呼ばれ「郷中」今でいえば自治会小単位の異年齢の集団訓練(教育)のシステムであります。

6歳から15歳ぐらいの子どもたちの集団で、小稚児(こちご)(6~10長稚児(おせちご)1115)と呼ばれていました。これらの少年グループの指導的役割を担う二才(にせ)525長老(おせ)(妻帯者)でこの教育集団は成り立っていたようです。

 どのような活動をしたのか。それぞれの場所に集まり武道の鍛錬、テーマに基づく討論、実践を伴う解決法を議論したといいます。この学習の精神的基盤は「理屈より実践」を重んじることにあり、島津忠良の作成したいろは歌に表れています。「古の道を聞いても唱えてもわが行いにせずばかいなし」は最初の歌として有名です。

 では以上のような加治屋町と集成幼稚園の関係にはどんな意味があるのでしょうか。本園は大正2年上加治屋町に研志舎幼稚園として設立されました。大正15年に高見学舎との舎の合併に伴い集成幼稚園と改称しています。本年2017年で104年目を迎えていますが、当時としては幼児教育機関として画期的で幼児教育の先駆けとして存在価値が高かったと考えられます。戦前に学齢期にあった80歳代の方々は郷中教育の中で互いに切磋琢磨しながら心身を鍛えていた最後の世代であると思います。

 明治維新期に数々の偉人を輩出した加治屋町に最も早く誕生した幼稚園である。そこには当時の人々の願いが託されているのではないか。それは一人ひとりが自立した人に育って欲しい。心身ともに健全で困難を切り開く逞しい子どもに育って、将来的には社会のために役立つ人となって欲しい。幼児期にその基盤を育んでいくという建学の精神があったのではないかと考えています。

 このような精神のもと集成幼稚園では異年齢の交流保育、加治屋町主催の偉人祭神輿行列参加、妙円寺詣り遠行などを歴史的・伝統的な保育として現在まで受け継いできています。また日本の伝統文化である百人一首、俳句なども保育活動に取組んでいます。これらの関連で卒園記念品として「百人一首かるた」、集成学舎からは「日新公いろは歌」を贈っていただいています。

 現在の集成幼稚園の教育は歴史的な背景、伝統に裏付けられた保育活動だけでなく、時代と共に必要課題、要求課題である内容も大事に取組んでいます。体力向上のための体育遊び・運動会、異文化にふれる英語遊び、感性を育む音楽遊び、直接体験を拡大する園外保育、日本の伝統文化に親しむ年中行事、自然への関心を高める花・野菜栽培収穫体験、表現力を伸ばす発表会など季節や時期に応じて計画的に保育活動を実践してきています。

これからも「やさしく・かしこく・たくましい」子の成長を職員一丸となって見守ってまいりたいと思っています。

2017.06.13