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集成幼稚園と加治屋町

 加治屋町にどんなイメージをお持ちでしょうか。最近ではマンションの建設が目覚ましい所である。交通の利便性の高く住むのに益々便利になってきているように感じます。

では、藩政時代はどうだったか。この辺りは下級武士集団の住むところで、中心地(城山)から外れたところでした。ところがこの地は歴史上重要な働きをした人物が数多く誕生した場所であることをご存知でしょうか。

歴史小説作家司馬遼太郎いわく、「いわば、明治維新から日露戦争までを、一町でやったものである」と感嘆させたことでも有名であります。近世社会から近代社会の扉をこじ開け独立国家の礎を築くには革命的で使命感に燃えた人物の登場を必要とします。そのような人物が加治屋町から同時期に数多く輩出しています。まるで歴史がこれらの人物を必要としたのではないかと思えるほど為政清明、私心なき人材をこの世に送り出しています。

その人材育成の基盤となる独特の教育システムが薩摩にはありました。郷中教育と呼ばれ「郷中」今でいえば自治会小単位の異年齢の集団訓練(教育)のシステムであります。

6歳から15歳ぐらいの子どもたちの集団で、小稚児(こちご)(6~10長稚児(おせちご)1115)と呼ばれていました。これらの少年グループの指導的役割を担う二才(にせ)525長老(おせ)(妻帯者)でこの教育集団は成り立っていたようです。

 どのような活動をしたのか。それぞれの場所に集まり武道の鍛錬、テーマに基づく討論、実践を伴う解決法を議論したといいます。この学習の精神的基盤は「理屈より実践」を重んじることにあり、島津忠良の作成したいろは歌に表れています。「古の道を聞いても唱えてもわが行いにせずばかいなし」は最初の歌として有名です。

 では以上のような加治屋町と集成幼稚園の関係にはどんな意味があるのでしょうか。本園は大正2年上加治屋町に研志舎幼稚園として設立されました。大正15年に高見学舎との舎の合併に伴い集成幼稚園と改称しています。本年2017年で104年目を迎えていますが、当時としては幼児教育機関として画期的で幼児教育の先駆けとして存在価値が高かったと考えられます。戦前に学齢期にあった80歳代の方々は郷中教育の中で互いに切磋琢磨しながら心身を鍛えていた最後の世代であると思います。

 明治維新期に数々の偉人を輩出した加治屋町に最も早く誕生した幼稚園である。そこには当時の人々の願いが託されているのではないか。それは一人ひとりが自立した人に育って欲しい。心身ともに健全で困難を切り開く逞しい子どもに育って、将来的には社会のために役立つ人となって欲しい。幼児期にその基盤を育んでいくという建学の精神があったのではないかと考えています。

 このような精神のもと集成幼稚園では異年齢の交流保育、加治屋町主催の偉人祭神輿行列参加、妙円寺詣り遠行などを歴史的・伝統的な保育として現在まで受け継いできています。また日本の伝統文化である百人一首、俳句なども保育活動に取組んでいます。これらの関連で卒園記念品として「百人一首かるた」、集成学舎からは「日新公いろは歌」を贈っていただいています。

 現在の集成幼稚園の教育は歴史的な背景、伝統に裏付けられた保育活動だけでなく、時代と共に必要課題、要求課題である内容も大事に取組んでいます。体力向上のための体育遊び・運動会、異文化にふれる英語遊び、感性を育む音楽遊び、直接体験を拡大する園外保育、日本の伝統文化に親しむ年中行事、自然への関心を高める花・野菜栽培収穫体験、表現力を伸ばす発表会など季節や時期に応じて計画的に保育活動を実践してきています。

これからも「やさしく・かしこく・たくましい」子の成長を職員一丸となって見守ってまいりたいと思っています。

2017.06.13
今年の桜の開花は遅かった

遅咲き桜に思う

                      集成幼稚園長

 

 鹿児島地方の桜の開花は例年より大きく遅れて4月中旬が満開となりました。416日の日曜日は雨となり、絶好の機会を逃した花見客にはなんとも恨めしい今春の桜事情でした。原因は周知のとおり11月から12月にかけて気温が高く、休眠期間が短く、しかも休眠を打破するのに必要な寒さが十分でなかったからと言われています。東京より2週間も遅れて咲いた桜になんの罪はありませんが、自然の摂理には学ぶべきことがあるようです。

 植物にも生体リズムがあり、必要な時期に必要な寒さが必要であることを人間に思い知らせたと言えましょう。適時に厳しい寒さの中にエネルギーを内部に溜め、温かさと共に一気に芽吹き、葉を出し、花をつけ、実をつける営みは自然界の逞しさを感じます。

 子育てにも「適時」は大切で、必要な時期に必要なことを教え育てることはやがて訪れる思春期を自らの力で乗り越えていく原動力となると思います。幼児期の適時教育は自立性の芽生えを育んでやることだと考えています。自立の芽生えを育むには意図的に自分でできることをさせてみる。少しずつ親の手を放し、失敗しても励まして、できた時の喜びを味合わせることが大切だと思います。この自立を妨げるのは親の過干渉も一因と指摘されています。

 さて来月は5月になります。愛鳥週間も始まります。野鳥たちはなぜこの時期に子育てをするのか。正に適時だからです。気温上昇と共に虫たちが大発生するのもこの時期で、ヒナにたくさんの餌を必要とするからです。今幼稚園周囲からもシジュウカラのさえずりが盛んに聞こえるようになり、郊外では燕も飛び交い始めました。

 我が家のセキセインコ(4歳♂)は飼育鳥なのでさえずりはしませんが、家人にまねてよく喋るようになりました。「おはようございます」「こんにちは」「いってきます」時に真逆の「いってきません」など場面の状況に関係なく鳴いているのが現状です。しかしだんだん覚えるのに時間がかかるようになっています。2歳前後がピークで、この時期が覚える適時なのだと思っているところです。

 

 

2017.04.18
郷中教育と幼稚園

郷中教育と幼稚園

 2018年は明治維新から150年目に当たり、これを記念して鹿児島県や鹿児島市では様々なイベントを計画し、世界に冠たる偉業を改めて現在の我々に思い起させ、青少年には郷土の先人たちの知恵や精神を学ぶ機会とすることは意義深いものがあります。NHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」も放映が決まり期待の盛り上がりを加速しています。新聞でも特集記事が掲載されるようになりました。210日に行われた本園の保護者参観保育「お店屋さんごっこ」の取材を朝日新聞から受けました。

取材意図として明治維新の原動力となった多くの偉人たちを輩出した加治屋町の歴史と文化を学び、その地域特性の根源を薩摩の伝統的な教育システム「郷中教育」としたことに意義を感じます。明治維新の中心を担った多くは加治屋町に誕生し、年齢の異なる集団の中で互いに切磋琢磨しながら薩摩藩という枠組みだけでなく日本や世界を視座に置いて思考し、無私の精神で封建社会の扉をこじ開けて、日本の近代化を成し遂げた歴史に誇りを持ち続けたいと思います。

集成幼稚園は加治屋町に104年前に誕生し、郷中教育の精神を大切にしながら異年齢の交流保育を大切に守り続け、伝統的な保育内容である妙円寺詣り遠行や偉人祭みこし担ぎなどに参加したりしています。一方、時代に即した保育内容も積極的に取り入れ、年上の児や年下の児の交流を進めています。冒頭の「お店屋さんごっこ」もその一つで年長児としての自覚や年少児としての憧れを培う保育を意図的に行っています。詳しい内容は212日、日曜版の朝日新聞、またはインターネットで朝日新聞デジタル:いざなう維新幕末の鹿児島・・を検索してみてください。

さて、まもなく卒園を迎える16名の年長児はこれまでの様々な体験や交流を通して「やさしく・かしこく・たくましい」子へ成長を遂げてきています。私たちの期待通りの育ちを見せてくれた子どもたちがやがて小学校へと就学していきます。不安と期待を抱きながらそれぞれの小学校の校門をくぐるとき本園で身に着けた自信と優しさで他者と交わり楽しく充実した学校生活を送ってくれるだろうと信じています。卒園までの約一月一日一日を大切にたくさんの思い出を作って欲しいと願っています。

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2017.02.14
生体リズムに思う

 地球温暖化傾向とはいえ1月、2月は寒さが一段と身に応える季節で、体調に変化が表れ風邪をひきやすい傾向にあります。朝起きるのが辛い時期でもあります。今年は特にインフルエンザの流行が気がかりで、感染防止のため子どもたちに手洗いやうがいを励行させているところです。

人類の誕生から今日までヒトは進化と文化・文明の創造で繁栄を遂げてきています。動物界の頂点として豊かで贅沢な程の生活水準を維持、発展させてきています。しかしながら私たちの体の中には原始的な生活を送っていた時代からの生体リズムが連綿と引き継がれています。それは太陽と月、光と闇の世界と深い関係があり、一日の周期、一月の周期、一年の周期、一週間の周期と時間によって私たちの体は支配されていて、このリズムは昔と少しも変わりません。

現代社会は照明という文明の発達でこれらのリズムが狂い、体調に悪影響を及ぼしている状況も多々見られるようになっています。子どもたちが朝寝覚めすっきり元気よく登園するためには早寝早起きがいいと言われる理由を今一度噛みしめて次のような取り組みを各家庭で実践して欲しいと思います。その一は朝日を浴びること。朝目覚め難くてもカーテンを開け朝日を顔に当てるだけ眠りモードの体が正常に復旧します。夜更かしをしたからもう少し寝せてあげようはではいつまでも覚醒しません。これを日光暴露と言います。一日周期が24時間にリセットされる大事な働きがあります。

もう一つは朝食を摂ること。光と同じように食事が生体リズムの乱れを調整する働きを持っています。一日3食の時間が変化すると一日24時間のパターンが変化すると言われています。栄養状態とも無関係ではありません。幼児期は体の成育に十分な栄養と休養が大切になってきます。寒さに抵抗し病気にならない体づくりのためにもこの二つを実践してはいかがでしょうか。

2017.01.23
明けましておめでとうございます。

 

穏やかで幸せな酉年となりますように

                               新年明けましておめでとうございます。今年の干支は酉、酉年の意味は不可解で、この漢字に「とり」と読み名を充てていますが部首にサンズイをつけると「酒」となり何となくめでたくなります。あまり訳が分からなくても正月につきもののお酒で家族、親族が年の初めを祝う年中行事は年々様変わりしているとはいえ、大事にしたいと思います。子どもたちにもしっかりと正月の風物を感じさせる絶好の機会と考えます。

 ところで最近は政治や経済、教育、子育て等に関して変動が激しくなっていると感じます。戦後70年を超え、様々な歪が国内外に現れるようになり人々の価値観も変化し始め、いろいろな摩擦が生じています。寛容が尊ばれた社会的価値観が衰退し始め自己中心的な考えが広がり他人の苦しみや悲しみに共感する態度に欠けるリーダーたちの出現予測が世の中を不安視させているような気がしてなりません。

 このような時代の教育はどうあるべきか。教育には不変の原理があり、それは真理の追究と人間性の陶冶であることに変わりはありません。教育の内容と方法は時代と共に変化していきますが目的は普遍的であると考えます。その教育のスタートである幼児教育は現在、未来に重要性を増してきていると思います。幼児の持つ限りない可能性を伸ばすために、適切な環境(人・場・内容)を整え、保育と教育のバランスを考えながら計画的、意図的な支援が益々重要だと考えます。

 本園では今年も全力を尽くして皆様の期待と要望に応えられるような取組を展開したいと思います。本年もよろしくお願いします。

2017.01.04
保護者参観、教育講演会から学んだこと

賢い子育てのためのデジタルマナーとしつけ

 

117日(月)保育参観と教育講演会が本学園で開催されました。前半の保育参観は新学年度から7か月経過後の子どもたちの育ちの様子をクラスごとに保護者の皆様にご覧いただきました。今回は中心となる保育として秋の季節にちなんだ壁面制作に各クラスで子どもたちが挑戦しました。

入園当初親から離れることに不安を覚え活動に集中できなかった年少々児たちも教師の話をしっかりと聞き、活動に集中できていました。

保育参観後教育講演会が行われました。講師に鹿児島純心女子大学の洞田勝博先生においでいただき「賢い子育てのためのデジタルマナーとしつけ」というテーマでお話をしていただきました。今日の情報化社会の中で技術の進歩に比べ利用者のマナーは退歩しているのではないかという危機意識の中で、親としてわが子に情報機器(スマホ等)をいかに正しく利用させ、加害者や被害者にならないようにコントロールできるか。これは子どもがまだ幼い頃からしつけるべきではないかという意味でも重要と考えています。

重要な提言は①スマホは親が買い与えるのでなく、親のものを貸している。②利用の約束を文書にする。③約束が守れなかったら取り上げる。つまり親が管理し、主導権をにぎり、子ども任せにしない。そのためには親がしっかり勉強し、機器操作のことを子ども以上に知っておくことが大事である。子どもから操作を教えてもらうようでは、主導権は子どもに移ってコントロール不能になる恐れがある。

実際ここまでくると親の方が面倒くさくなってくるのではないかと思います。しかしそこまでの覚悟がなければわが子をデジタル社会から守れない可能性も出てきます。成人して判断力が付くまで親の指導の手を緩めることはリスクを伴うことになると考えられます。

今回の講演会は保護者の関心が高く、満席の状態で時間が足りないくらい内容も充実したものとなりました。

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2016.11.10
子育ては「孤」でなく「集」で

文芸春秋別冊に「私はこれになりたかった。著名人46人が憧れた職業」が紹介されています。女優の池内淳子は幼稚園の先生になりたかったようです。保護者の方々にはふた昔前の有名女優のことは記憶にないかもしれませんが、映画にテレビに頻繁に登場したスターです。その大スターが夢見た職業が幼稚園教師というのは嬉しい限りで、本園で働く若くて、元気な先生たちと重なり合うものがあります。本園の子どもたちの中にも、大きくなったら幼稚園の先生になりたいと思う子が増えてきているようで嬉しく思っています。

さて、その幼稚園も時代の変化とともに様々な社会の要請に応えるようにして従来とは大きく変化してきています。こども園への移行というシステムの変更だけでなく、いやそれに連動しているかもしれませんが、親同士が子育てを通じてつながりを持とうとしなくなっている傾向が加速してきたのではないかと危惧するようになりました。

時折、入園の問い合わせがくることがあります。保育内容や保育料など中心となる質問でなく、親が幼稚園に来る機会がどれぐらいあるか。多いと困るという考えのようであります。もちろん頻繁に来園する機会は多くなく、みんなで役割を分担しながら親同士の交流の場として活動をする行事があると告げても理解を得られることがあまりありません。。

子どもは預けるだけで、その他の煩わしい事柄には関与したくない。仕事の都合を優先したい考えが伺えます。一億総活躍社会、働き方改革など国が盛んに提唱し女性が社会に進出しそれぞれの能力を発揮することはとても素晴らしいことだと思います。

しかし、子育てはこれだけでよいのか。親育ちはこれでよいのか。子どもの教育を通して親として自身も成長していくことが大切なように思います。そのためには親自身が他者との関係を築き、互いに交流し学ぶ機会も大事にしたいと考えます。この問題は親だけで解決するには限度があり、社会とりわけ職場の意識改革が重要になってくると思います。

幼少期は特に親との愛着形成の大切な時期です。合わせて親同士が繋がっていることを子どもに見せる時期で、他者とのコミュニケーションの基盤づくりに役立つと考えます。   子育ては親も「孤」でなく「集団」の中でいろいろな経験を重ねてこそ成果が見られると思います。

本園では孤独になりがちな1歳前後の親子を対象に「子育て広場」いちごクラブを開設いたしました。現在10組の親子がベビーマッサージなどを通じて、交流を深めています。

いままで未知の関係であつた親同士が子育ての苦労や悩みを共感しあい、交流を深め子育て不安を解消できたらと願っています。

2016.09.15
青い目の人形と薩摩昭子

青い目の人形と薩摩昭子

 

戦後71年目の527日、歴史的なアメリカ大統領オバマ氏の被爆地広島訪問が実現しました。先の大戦で数多くの日米の将兵や一般市民が犠牲となり、二度とあの惨禍を繰返してはならない強いメッセージを発信してくれたと感じています。このことは平和について考える機会を日本人に、米国人に与えてくれたのではないかと考えています。

ところで日米が開戦する前、ギクシャクし始めた昭和初期に日米の市民レベルで和解に向けた「人形交流」が行われたことをご存知でしょうか。この交流は先ずアメリカ側から始められ、市民募金を基金にたくさんの「親善人形」青い目の人形が全国の幼稚園、小学校に贈られてきました。

実はこの人形は集成幼稚園へも贈られていた記録が残されています。県下で209体が贈られていて鹿児島市内外の小学校を中心に、幼稚園は限られた数か所の寄贈となったようです。これに対して日本側からも「答礼人形」を贈ろうと運動が盛り上がり各県で特徴ある人形を制作してアメリカ各地に贈られました。鹿児島県は薩摩昭子と命名した日本人形を贈っています。現在アリゾナ州フェニックス市アリゾナ博物館に一体残されているようです。他県の答礼人形もアメリカ各地の博物館等に残されています。2002年に金生町の山形屋で薩摩昭子の里帰り展が行われています。

一方、我が県では「青い目の人形」は今まで一体も確認されていません。全国的にも残存率が低く、探索活動が続けられています。なぜ「青い意目の人形」はあまり残っていないのか。平和の親善大使の役割を担わされていた人形は不幸な歴史も背負わされることになりました。戦争回避の願いも空しく戦争へ突入し、鬼畜米英などのスローガンのもとアメリカ文化の抹殺の動きが加速してきました。人形にも魔の手が伸びて竹槍訓練の標的にされたり焼かれたりと今では想像を絶する行いが平然とまかり通る時代となっていきました。そうした中で心を痛めていた人たちが当局の目をかいくぐり天井裏、床下、物置などに隠し持っていたものが現在わずかに残されている状況です。

さて、今回この話をなぜ取り上げたかというと、幼児期の教育に関係が深いと考えるからです。人形交流の大きな狙いは小さな子どもたちに異文化と仲良くすること、平和を望む心を強く持つ子になって欲しいという願いがあったのです。小さな子どもの時期からそのような心を育むことが互いの違いを乗り越えて理解し合える健全な大人を形作っていくのではないか。

集成幼稚園には山形屋の薩摩昭子里帰り展で展示された人形の写真が保管されています。

青い目の人形が33日ひな祭りに飾られたように本園でも同日に子どもたちに披露したいと考えています。その前に612日、日曜参観日に保護者の皆様に見ていただく計画です。

2016.06.02
子育て支援について考える

子育て支援について考える。

 

平成28年度がスタートしました。真新しい制服に身を包んだ可愛い子どもたちが入園してきました。2歳児入園が主流となる中4月から親子の暫しの別れを惜しむ姿が見られるようになりました。幼児にとってはこれまでにない不安や寂しさが一気に押し寄せてきた感じでしょう。

親の就労状況や形態の変化で3歳児以下でも早期に入園させたい意向が強くなっている傾向が見られます。幼稚園の中には0歳から5歳児までを一元的に保育・教育する認定こども園も誕生してきました。長時間保育、長期間保育が現実として幼稚園にも広がりを見せてきました。子ども子育て支援法が施行し、待機児童解消が大きな目玉政策の一つとなっています。

集成幼稚園ではこの時代の流れに沿う形で預かり保育体制の充実と保育時間、保育期間の拡充に努めてまいりました。ほぼ11時間保育となり保護者の皆様のご要望に応えてまいりました。

しかしながら、ここにきてこれまでの国の政策は本来の子育て支援とは少し異なるのではないかと思うようになりました。つまり子どもの視点が乏しく子どもにとっての幸せとは何か。乳幼児期の子どもにとって親との「愛着の形成」は極めて大切です。愛されているという実感はある程度密着の時間が必要と考えます。現代ではせめて2歳になるまではこの密着時間が欲しいところです。

 わが幼稚園ではこのような観点からゼロ歳から一歳までの乳幼児を対象とした子育て広場「いちごクラブ」を開設することにしました。子育ての悩みを共有しながらネットワークを構築し子育て不安を喜びに変える機会としたいと考えています。

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2016.04.08
ツマグロヒョウモン蝶誕生に思う

 突然、子どもたちが事務室に数名で押しかけて興奮気味に「園長先生、蝶が生まれたよ。」教えに来てくれました。私の意識の中には蛹になったツマグロヒョウモンの記憶が薄れかけていました。子どもたちの大声で一瞬に記憶がよみがえり急いで保育室に駆け上がりました。大分小粒なヒョウ柄のオスがパンジーの葉の中にうずくまっていました。

昨年の12月、園庭のパンジー鉢の中に幼虫がいるのを発見しました。この時期にチョウの幼虫が見つかることは今までにありませんでした。やはり暖冬のせいで春を間違えて卵からふ化したのではないかと考えられます。

暖冬とはいえ夜は冷え込んでくる時期で、このままでは死んでしまうのではないかと考え、また子どもたちに観察させたいと思い鉢ごと保育室に移動させました。12月下旬には蛹になったので蝶への羽化が楽しみになってきました。しかし大晦日を過ぎ、正月も10日になっても変化がなく、やはり蛹の状態で死んでしまったのではないかと諦めかけていたところ今月14日の午後4時ごろ羽化した蝶を子どもたちが発見して大騒ぎとなりました。

このことで地球温暖化が蝶たちの生態にも影響を与えていることを改めて認識することができました。本来の春であればもっと個体が大きく悠々と大空を飛びまわることもできたのではないか。誕生はしたものの生まれた環境は生きていくには厳しいものがあります。

実は昨年の春はこのチョウの幼虫をほとんど見つけることができなかったのです。集成幼稚園の園庭では春秋の逆転現象が起きたことになります。春にできなかったチョウの観察が秋にでき、幼虫⇒蛹⇒蝶への変化を観察でき、このチョウに感謝したい気持ちです。今、年中組の部屋で飼われています。

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2016.01.15